2018年02月13日
トリーター:鈴木

フウセンウオの子どもたち展示までの道のり(長文注意!!) 

こんにちは、鈴木です。
今回は久々に長いですよ。みなさん覚悟してお付き合いくださいね(笑)

1月 26日よりフウセンウオの展示が始まりました。
なかなか好評のようで嬉しい限りです(^^)
さて、このフウセンウオという魚は「北の海のアイドル」なんていわれるくらいかわいく人気のある魚で、色、形、顔どれを見ても、‘かわいい’の塊のような魚です。
“えのすい”では過去に何度か展示をしたことがありましたが、今回の展示は一味も二味も違います。
その自信の理由は何かといいますと・・ まずは展示水槽の大きさ!
今までは水槽内に吊るした小さなケース内で小ぢんまりと展示をしていましたが、今回は太平洋エリアの冷たい海の水槽丸々一つを小さなフウセンウオ一種のみで貸し切っての展示になっております。

え?
でも小さなフウセンウオを大きな水槽に入れたら見えなくなってしまうのでは?

と思った方・・ その心配はありません。
確かに例年通りの数匹程度を大きな水槽に入れたら殆ど何も見えず、展示として成り立ちませんが、それこそが今回最も自信を持ってお勧めできるポイント・・展示しているフウセンウオの数です!

実は現時点で、約 200匹のフウセンウオが入っているんです。
流石にこの数がいれば小さなフウセンウオも見えないということはありません。
むしろ密集するとやや気持ち悪いくらいです(笑)
でもこれは結構すごい数字です。
他の水族館でもフウセンウオは見られますが、この数を展示している水族館は滅多に見られないはずです。
ではどうやってこんな多くの数を集められたかといいますと・・・
今回繁殖が成功したからなんです。
つまり展示しているフウセンウオは全て“えのすい”生まれです。
フウセンウオの繁殖は、“えのすい”では初めてのことですが、今回は偶然うまくいったわけではなく、いろいろと情報を集め計画的に繁殖を狙っての成功でしたので喜びもひとしおでした。
しかもここまで多くのフウセンウオが育つとは思っておりませんので、大成功です。

あ、因みに裏の水槽にもまだ約 200匹ほどいますよ。まだまだ余力十分です。
以前より担当トリーターみんなで「大きな水槽にいっぱいにフウセンウオを展示してみたいね」と夢見ておりましたが、今回はめでたくその夢を叶えることができました。
ただ、やはりフウセンウオの繁殖から稚魚の育成は初めての経験なので、展示までの道のりは常に手探りで、不安と苦労の連続でした・・。

・・というわけでプロローグはここまで、いよいよここからが本題です。
(まだまだ続きます・・)

今回繁殖が成功しフウセンウオについて色々なことが分かりましたので、ここからはフウセンウオの産卵、育成から、こうしてみなさんにお披露目できるようになるまでの道のりを、飼育で得た情報や卵や稚魚の成長記録なども含め書いて行きたいと思います。(みなさま、もうしばらくお付き合いください)

ペアリング~産卵
最初にオスとメスの違いですが、見た目としては大きくなって成熟する頃にならないとはっきりと分かりません。
大きな特徴はオスはメスに比べ背鰭が大きくニワトリのとさかのように立派なことと、サイズがメスの方が大きいです。(最終的なサイズはメスの方が 1.5倍くらい大きくなります)


あとは、一つの貝殻に一匹のオスが入り、メスを招き入れるための産卵床(マイホーム)をつくるので、成熟サイズで貝殻に入るのはほとんどがオスです。
また、資料等は無く、確証はありませんが、今回複数を飼育した経験上、成熟し交尾をし始めるオスは全て黒っぽく、メスは(大きくなるにつれてと色は薄くなりますが)ピンクやオレンジのものばかりでした。
他で飼育されているフウセンウオの写真を見てもオスは一様に黒っぽいので、オスは黒っぽくなるのかもしれません。
実際、裏で飼育する親個体も搬入時(成熟前)はカラフルでしたが、オスはみな黒っぽくなりました。

オスは成熟すると大きな貝殻などに入り縄張りを作り、メスを誘います。
産卵間近のメスはお腹がパンパンです。

ペアリングが成功すると、メスは縄張り内に産卵し、その後オスが卵を守りながらふ化まで世話をするはずなんですが・・
今回複数のオスがペアになり産卵がおこなわれましたが、うちのオスたちはなぜか、卵の世話を一度もしておりません・・ 。
今回飼育した限りでは、産卵は夜間におこなわれ、朝水槽を見て卵の存在に気がつきますが、産卵された卵のほとんどが水槽内に散乱した状態で見つかりました。

最初は貝殻の外にメスが生んでしまったのか?などと考えておりましたが、その謎を解く決定的な出来事があったんです。
ある朝、水槽を見ると貝殻の中に産み落とされた卵がありました。
ようやくオスがパパらしいことをするのかと思いワクワクして見ていると、そのマイホームの持ち主であるオスは少し離れたところにいます。
しばらく見ていると、オスが卵に近づき、あろうことか卵を異物とばかりに一生懸命に外に掻き出しているではありませんか・・(オスは縄張りを綺麗に保つ習性があります)。
なるほど、そういうことか・・。

これを見て、毎回卵が水槽内に散乱している理由が分かりました・・ 。
確かによく考えてみれば、フウセンウオの卵はそれぞれがくっ付いた塊で産み落とされるので、何かの力が加わらない限りバラバラに飛び散ることはまずありません。
調べてみると、このような事例は珍しくは無いようでしたが、貝殻が小さいのか、オス自体の問題なのか・・ 、いずれにせよ、育児をしない困ったパパたちでしたので、卵は全て人工的に育てました。



卵の飼育~ふ化
今回は 2016年に北海道から搬入し、バックヤードで飼育していたフウセンウオたちが 2017年 3月頃から複数回産卵しましたが、最初と 2回目の産卵では発生が進まず、すぐに腐って死んでしまいました。
発生が進まないのは飼育方法が悪いせいなのか・・
それともペアリングがうまくいっていないからなのか・・
などいろいろと悩み、やっぱりそんな簡単にうまくいかないかとネガティブになりかけていた時、おそらくまたダメだろうと思っていた 3回目に産卵した卵に何やら変化が・・・ 。
なんと卵の発生が進んでいます!この瞬間は本当に嬉しかったです。
もちろんまだまだ先は長いですが、大きな第一段階の壁を乗り越えた瞬間でした。
その後は数回の産卵がありましたが、全てうまく発生してくれました。
結果からいえば、最初の未発生の 2回は未受精卵だったようです。
でもそれが分からないうちは不安でした・・ 。それもこれもオスが卵の面倒を見なかったせいです・・ 。
その後、20日くらいで赤ちゃんの形ができ始め、30日くらいで眼がはっきりとしてきます。
40日くらい経つと卵黄の吸収が進み、形もはっきりとしてきます。
さらにふ化直前になるとしま模様が鮮明になります(生まれたばかりのフウセンウオの赤ちゃんの多くはしま模様をしています)。
そして、いよいよ孵化が始まります。
飼育水温 6~ 7℃では 50日ほどでふ化し、約 5mmの赤ちゃんが生まれました。

フウセンウオふ化の瞬間などの映像はこちらをご覧ください!
“えのすい”生まれのフウセンウオ l YouTube


稚魚の育成
結果的に複数回の産卵で得た卵から合計で、なんと約 1,300匹がふ化しました。
喜ばしいことですが、その後が大変です・・ 。
もう少し小規模な飼育を考えておりましたが、この数ですので、かなり大々的に飼育がスタートしました。

最初のうちはびっくりするくらい順調でこのまま全部大きくなるんじゃないか?と思いましたが、そんなに甘くはなかったです・・ 。
1か月くらい経ったあたりからポツポツと死に始めて、その後、多い時には 1日 100匹くらい死んでしまうことも・・。
ただ、これは初期減耗といって魚類の初期成長には必ず付いて回る壁で、自然の摂理でもあります。
自然ではすべてが生き残ってしまっては数が増えすぎてしまいますし、種の存続のためにも、生きる力の強い遺伝子が残っていきます。
でもここは水族館です、もう既に我々が介入してしまっている以上は自然の摂理であろうと、ただ死んでいくのを見ていることは飼育員としてはできません。
当然、より十分な設備があれば死んでいく数は減らせますので、それができないのは我々の力不足に変わりありません。
けれど本当に身勝手な話ですが、それでもなんとか死んでしまう数を止めようと、小まめな掃除はもちろん、設備の改善を重ね、可能な限り良い環境で飼育するよう努めました。

ようやく初期減耗が落ち着いた後も、病気が蔓延して、あわや全滅の危機に貧したこともありました。
また、水温をかなり低い温度( 5℃)を保たなければ調子を崩して死んでしまうので、特に気温や水温が高い夏場は水を冷やすための機械(冷水機)もフル稼働です。
この時期に万が一電気系のトラブルやミスがあって数時間でも冷水機が止まってしまったら・・ 一発でアウトです。
本当に毎日冷や冷やしながらの飼育でしたが、日々可愛い姿に癒されながら、時に悩んで、癒されて、また悩み、また癒され・・ を繰り返し、孵化から約 9か月後、安定して展示できるサイズ( 4~ 5cm)まで成長したのは約 400匹です。
そこまで減っちゃうの?と思うかもしれませんが、普通は何百と生まれても残るのは数匹という世界ですので、この数は飼育員としては及第点かと勝手に思っております。
もちろん今回産卵したペアの遺伝子が、大変優秀だったことが大きいのかも知れませんが、それでも、担当トリーターが一丸となって一匹でも多く元気に成長させたいという想いと、何よりこのたくさんのかわいい姿を絶対にみなさまにお見せする!という想いで、みんなで頑張って、毎日大事に飼育した結果だと思います。
やはり飼育がうまくいくorいかない、の要因は強く目的を持って、生物にどれだけ愛情を注げたかにかかっていると思います。

すみません、肝心な稚魚の成長について全く触れていませんでした・・ 。
ふ化直後から餌をよく食べ、30日後には約 8mm、60日後には約 1.2cm、90日後には約
1.5cm・・ と、順調に成長しました。
最初はしま模様が濃いですが、成長とともに徐々に薄くなり、体が膨らんでフウセンウオらしくなる頃にはさまざまなカラーバリエーションが出てきます。
餌は主にエビ類で、成長に合わせて大きいものにしていきました。
(アルテミア → ホワイトシュリンプ(イサザアミ) → コマセアミ → オキアミといった具合です)
成長の過程は図をご覧ください。

さて、ようやく展示までの道のりもあと一歩・・
最後はこちらが考えている展示場所や展示計画で生じる懸念事項をクリアし、上からGOサインをいただけるかどうかです。
やはり大きな水槽を丸々使っての展示経験はないので、さまざまな懸念事項がありました。
大きな水槽で本当に大丈夫か?
結局見えなくなるのでは?
あの水槽を 5℃まで冷やせるのか?
やはり小さい水槽で展示した方が良いのでは?
・・などなど。
でもそこはさすが‘北の海のアイドル’の名は伊達ではありませんでした。
みなあの数の愛くるしい姿を見ると、「これは絶対展示するべきだよ!」とか、「これだけかわいいからなんとかなるよ!」など、とても応援ムードで展示することについてはスムーズに話が進みました。
やっぱりかわいいは正義ですね(笑)
一番重要な、水槽を冷やせるか?という問題も休館日に実験し、クリア!
いよいよ展示の時が近づきます・・


いよいよ展示!
ようやくお披露目です。
大切に育てたフウセンウオたちを展示水槽に移す時が来ました。
とても楽しい瞬間ではありますが、ここは最も気を引き締めないといけません。
過去にも一生懸命に育てた魚をいざ展示する際、捕獲時に暴れて水槽から飛び出してしまったり、移動中にバケツから飛び出してしまったりして、体を傷つけてしまった・・という苦い経験がありました。
ただ、今回は暴れて飛び出すようなことはないので、その点は安心ですが、彼らの場合飛び出さない代わりに、くっついて離れないんです・・ 。
フウセンウオの腹ビレは吸盤状に変化しており海藻や岩肌にくっつくことができますが、その吸着力はすごいです。

実は今回稚魚から多数のフウセンウオを飼育して一番苦労したのは、「移動」といっても過言ではありませんでした。
具体的には水槽やバケツにくっ付いて中々離れてくれないんです・・ 。
展示水槽への移動も大変でした。
まずは水槽にくっ付き、捕まえるのに一苦労です。
無理に剥がすと体を傷つけてしまうので、スポイトなどで水を吹きかけ、泳ぎだしたところを捕まえます。(気が遠くなる・・)。
岩にくっ付いているやつらは、岩を動かすと一斉に離れるのでその瞬間を狙います。
魚を掬う際には柄付きの容器などを使い、水ごと掬いますが(網を使うと体を傷つけてしまうのでなるべく使いません)、その容器から移動用のバケツに移す際にさらに一苦労・・
くっ付いてなかなかボウルから出てくれません・・ 。
水が干上がりそうになっても、くっ付いたまま・・ 。
パシャパシャと水をかけてもダメ。
やさしく突っついてもより緊張して吸着を強めるだけ・・ 。
あとはもう根競べです。
緊張が緩んで吸着を弱めたところを狙って移していきます。
どうしても動かないものは・・・、仕方ないのでくっ付いたまま指で少しずつスライドさせます。

バケツに入れたフウセンウオを展示水槽へ移動します。
いよいよ展示です!(・・やっぱりここでもくっ付いてなかなか動きません)

こうして 2018年 1月 26日より無事に展示を開始することができました。
苦労しましたが、その分喜びは大きかったです。展示できたときにはそんな苦労も吹っ飛びましたけど。
今回最も懸念していた後ろに隠れてしまうのではないか?という不安も展示後すぐに解消。
ちゃんと見やすい位置の岩や擬海藻にくっ付いてくれました。

因みに、現在、水槽には 2家族( 2017年 3月 4日産卵・4月 23日~ 28日ふ化、2017年 3月 15日産卵・5月 7日~ 11日ふ化)のフウセンウオの子が入っております。

その後、展示したフウセンウオたちはやはり広い水槽に出たからか、ぐんぐん成長し既に子どもではなくなっている個体もおりますので、かわいい時期を見たい方はぜひお早めに。
あと、今回フウウセンウオをうまく飼育できた要因としては、水温を可能な限り下げたことです。
彼らは極寒にすむ種ですので、8℃を超えると調子を崩してしまいます。
現在飼育水温が約 5℃ですが、これは正直この水槽で下げられる限界を超えていて、残念ながら気温や海水温が低い今の時期だからこそできる展示なんです。
もちろん、あらゆる手は尽くすつもりですが、やはり暖かくなって、水を冷やせなくなってくると展示の継続が難しくなってしまうかもしれません。
なのでみなさん、まだまだ寒い日が続きますが、そんな寒さを好むかわいらしい“えのすい”生まれのフウセンウオたちにぜひ早めに、会いに来てくださいね!

みなさま、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
本当にお疲れさまでした(^_^;)
文章量的には 1年分くらい書いたかも知れませんね・・ 。

最後になりましたが、フウセンウオの繁殖についてご教授いただいたみなさまに、この場を借りて感謝申しあげます。
本当にありがとうございました。

太平洋

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