飼育では、今も昔もラジオ体操で一日がスタートする。
6月30日 8時 26分、からだを斜め下にまげ、胸をそらす運動を終えて、からだをまわす運動が始まった時だったと思う。
体長 2~ 3mのクジラが打ち上がったので現場に直行してほしい、との応援要請の電話が入った。
最低限のメモを取り、あれやこれやと頭の中で逡巡し、それでは現場で、と受話器を置いた。
が、しかし、車がない。
所用のため出払っている。足がない。
すみませんが、迎えに来てくれませんか?と、今度はこちらが応援要請をする始末。
梅雨の晴れ間の炎天下を、汗を流しながら、西に向かって歩く。
ほどなくして、それと思しき一台の車。
一瞬目で挨拶を交わして、停車した。
申し訳ありません、と乗り込みながら自己紹介をして、車中クジラについての情報確認。
数分もすると、目的地“菱沼海岸”の交差点に到着。
海岸に出るため、2mほどの土手を駆け下りると、左手前方に、白い物体が横たわっていた。
頭部は比較的小さいが、吻端は三角形に前に突き出し、先端部分にやや平たい部分あり
呼吸孔は前方にあり、左側に開口
ほとんど磨り減っていない、尖った歯が下顎の片側に 10本
背鰭は中央にあり、その先端は後方を向く
頭部、背中および各鰭は黄白色、腹部は白色であった。
よく見ると、表皮の一部が残っており、ほとんどが剥がれて、その体色となったことが伺え、本来の暗青灰色ではないことが推測される。
体長 252cmで、死亡した成獣のオガワコマッコウだった。
臍のすぐ下には、穴が一つ開口。
性別判定をしようと、それを初めて見た時、一瞬?と、固まった苦い経験があった。
それはオスの特徴で、コマッコウ属では陰茎が長いため、生殖孔は臍の下、体の中央に開口しているのだ、とお聞きしたことがある。
打ち上げられた個体は、生きているか、死んでいるか、によって対応が異なる。
前者の場合、水族館に連れ帰って、治療を施す。
一方、後者の場合、死に至らしめた、病原体も持ち運ぶこととなるため、でき得る限り死体は水族館へは運ばない。
原則として、埋設か、焼却。場合によっては、学術保持を希望する施設に連絡を入れる。
今回、近隣の博物館に連絡を取り、その後を委ねて、その場を離れた。
やっぱり、足がない。
ここから東に 7km、歩くか、迎えを待つか、思案をしつつ、額から流れる汗を拭いながら、陽炎で揺らめく、江の島を眺め、小さくため息をついた。