2024年07月12日
トリーター:山本

世界初展示!ノルウェー産のマニアックなヒドロ虫

“えのすい”のくらげ展 」がついに始まりました! 本日 7月12日から約4か月、クラゲ尽くしの“えのすい”をお楽しみください。
この企画展にともない、ノルウェーから来たクラゲ、Podocoryna borealis(ポドコライナ・ボレアリス)の展示も始まりました。なんと、世界初展示です! というか、マニアックすぎておそらく世界でも安定して見ることができるのは“えのすい”だけだと思います。この半年ほどずっとうずうずしていましたが、ようやく展示を始めることができました。ぜひみなさまにこのクラゲを知っていただきたいので、日誌で語らせてください。

学名: Podocoryna borealis Mayer, 1900
和名: なし
分類: ヒドロ虫綱 花クラゲ目 ウミヒドラ科 ハヤマコツブクラゲ属
大きさ: 傘径最大 5mmほど
分布: ノルウェー、スウェーデン、イギリス、アメリカ、アイスランドなど

本種が記載されたのは 1900年。ヒドロ虫類の中では比較的古くから知られており、現地ではそれなりに一般的な種として知られています。日本では出現が確認されておらず、和名はありません。
このクラゲは、2023年にノルウェーで開催された国際ヒドロ虫学会( 2023年06月25日 第10回 国際ヒドロ虫学会 in ノルウェーその2)で行われた採集調査の際にポリプの状態で採集されました。学会の主催であるベルゲン大学の Joan J. Soto-Angel さんがご好意で「飼育してみる?」と私に預けてくれた、正真正銘ノルウェー産のポリプです。
実は、この時はまだ「エボシクラゲ科の一種」として誤同定されており、その状態で“えのすい”にやってきました。

ヒドロ虫類のポリプは見た目での種同定が難しいこともありますが、(毎度のことながら)私は全く疑いもせずに、エボシクラゲ科の何だろうなーとわくわくしていました。
そして、エボシクラゲ科に詳しい頼れる後輩の渡部トリーターにメインで飼育をお任せしていたところ、しばらくして渡部トリーターから「クラゲが遊離しました!!」と報告が。

大きさは 1mmほど。 多くのエボシクラゲ科のクラゲ(エボシクラゲとかサカナヤドリヒドラとか)は遊離したばかりの時触手が 2本です。それに対して、今回遊離したクラゲは触手が 8本。これは・・・ エボシクラゲ科じゃ・・・ ないかも?
そこで、私にポリプを預けてくれた Joan さんに相談してみると、Podocoryna (ハヤマコツブクラゲ属)の一種で恐らく P. borealis じゃないかと教えてくれました。
そこで、種同定をするために一か月ほど飼育を続けたところ・・・

最初 8本だった触手は約 20本、1mmほどだった傘径は 5~6mm になり、ヒドロ虫類の中ではそこそこのサイズです。傘は少し平べったい感じで、口柄はオレンジ色、口触手が枝分かれしているのが分かります。ノルウェーで出現するクラゲについてはベルゲン大学の研究によって詳しく知られており、Podocoryna の仲間では 3種(P. borealis、P. carnea、P. areolata )が該当します。Joanさんともあれこれ相談をし、それぞれの特徴からやはりこのクラゲは P. borealis であることがわかりました。

無事に正体が分かり、日本でもぜひ展示したいと Joan さんに提案したところ、大学内でもしっかりと相談した上で快く了承してくれました。
海外種であることもあり、私たちだけでは絶対展示を実現できなかったため、ベルゲン大学の Department of Natural History に所属する Joan J. Soto-Angel さん、Aino Hosia さん、Luis Martell さん、Michael Sars Centre に所属する Alexandre Jan さんたちには本当に感謝しています。ありがとうございました。P. borealis の展示を通して、“えのすい”とノルウェーの繋がりができたことをとてもうれしく思っています。

ということで、国際ヒドロ虫学会からの繋がりで一年越しにようやく展示に至った、いろいろ思いの詰まったクラゲなのです。現時点で世界でも P. borealis の展示を見られるのは “えのすい” だけです。もちろん私も含め、日本で普通に過ごしていたら一生出会うことのなかったクラゲだと思います。この運命的な出会いが誰かの心にぐさっと刺さることを願っています。
小さくて地味と思われてしまうかもしれませんが、シンプルこそが本種の魅力です。ぜひじっくりとご覧ください!

皇室ご一家の生物学ご研究

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