2021年02月07日
トリーター:伊藤

多彩で混沌、漁港の生物

今回は、私が携わる湘南港水槽こと “海岸水槽「漁港(湘南港 藤沢市)」”について、語ってみたいと思います。

昔からのお客さまはご存じかも知れませんが、この水槽、以前は「流れ藻」水槽と呼ばれていたのです。
岩肌で育った海藻がちぎれて(自らはずれて?)水面を漂うと、サンマなどが産卵したり、小さな魚やエビカニが隠れ家としたり、それらを狙って大型の魚が寄り付いてきたりします。
そうした小さなユートピアを再現すべくスタートしたのです。

本物の流れ藻の管理は大変でした。
少しずつ朽ちていきますので、毎朝、底掃除が必要でした。
そして、思ったほどには、小魚が流れ藻に積極的には寄り付きませんでした。
それから数年間、海藻をイミテーションにしてみたり、大型の魚を展示してみたりと、時代時代の担当者による試行錯誤が続いていました。
私はその間、担当を外れており、深海やマングローブの展示を扱いながら遠目に見守っていました。
いざ、自分が主担当したらどうするかな、と妄想を巡らしながら。

そして今から6年前、ついにお鉢が回ってきたのです。
その時はシラス展示立ち上げ直後で、アマモ水槽の衰退も重なり、非常にセカセカしていたのを思い出します(当時、協働してくれた同僚の方々にはほんとに感謝です)。
その時に相談して踏み切ったのは、「流れ藻生態系の再現」からの撤退でした。
当時の状況では難しいと思ったからです。
その代わりに提案したのが現在の「湘南港」の再現なのです。

「湘南港」は江の島内の北東岸、前の東京オリンピックの時に造成された港です。
沖合が砂地でありながら、南岸には大規模な岩礁があり、北からは栄養分豊富な境川の水が供給されます。
それもあり、人工環境でありながら、生物はなかなかに豊富です。
さらに面白いのが、漁師さんの活動が生物相に影響を与えていることです。
当館では、何十年も前から湘南港の漁師さんと関わり、展示生物をもらったり、船に乗せてもらって調査をお手伝いいただいたりしてきました。
港の周りには、自然にすみ着いた生物の他に、漁師さんの漁獲物がカゴや船倉にキープされていたり、漁獲を免れた「食用に適さない」カニやヒトデがすみ着いていたりします。
港内での潜水調査を考えたこともありましたが、安全の面から現時点で実現していません。
が、きっとこんな感じになっているだろう、という想像を巡らせて再現したのが、現在の展示です。

この時の水槽のリニューアルは、業者の追加工事を伴わない、私たちの手作りでした。
展示なので強調したりディフォルメしたりはありますし、レイアウト面で作りが甘いところもありますが、目指した展示の特色を記してみたいと思います。

全体の雰囲気
ちょうど季節来遊魚の水槽あたりから展示が見えてくることを想定しました。


目線を踏まえて、展示に近づくと見えない水面部分にレイアウトを盛り込んでいます。
コンクリートに見立てたパーツをあえて斜めに設置したり、漁具をしこたま設置しました。
「ああ、あと 5つ後ろの展示は漁港なんだな」とこの時点で刷り込ませていただくわけです。

水中レイアウト
漁業感を出すべく、底にはあえて人工護岸が朽ちたようなコンクリート欠片を岩とともに設置し、水面には全面アクリル張りに改造した漁師カゴに、ウニやカニを入れて展示しました。



当時はちょうど「発見の小窓・小さな地球」水槽がオミットされた時期で、小さな生き物を個別に出せる水槽が不足していたので、レイアウトと展示スペースを両立するナイスアイデアだと思いました。
が・・・ 位置が高すぎてお子さまには見づらいという欠点があり、未だ改善の余地ありです。より面白い見せ方を工夫していきたいと思います。

展示生物の構成
上述の通り、漁港ならではのコンタミ感、「完全な自然ではない」という「違和感ある現実」の再現を目指しました。
コンセプト的にいろいろな種を展示できるため、仲間内では他水槽で展示しづらくなった魚の受け入れ先としても重宝されます。

主役
そんな感じでいろいろいる中から、あえて主役をあげるなら、イセエビです。
サザエ、トラフグと並ぶキングオブ・漁獲種。
以前の日誌でも書いたのですが、イセエビほど、「知名度と展示効果」に反して「展示する側の評価が低い」種はいないと思っています。
展示スタート後も上司から「イセエビを減らしては?」と言われることがありましたが、むしろもっと目立たせたいくらいでした。
お客さまの「あっイセエビだ!見て見て」という声を聞いて、一安心したものです。
実は彼らが本領を発揮するのは夜です。(今は難しいですが)ナイトツアーで見ていただくと、昼間隠れていた個体もみんな出てきて、眼をギラつかせながらワキワキ活動しています。


本水槽は現在、相和設備工業株式会社さまに展示スポンサーとなっていただいております。


トリッキーでありながらまぎれもない漁港の現実の「展示として強調再現」に携わった者としては、恥ずかしながらもちょっとうれしいのです。
世間が平常運転になったら、またぜひ、多くの方々に見にきていただけたらと思っております。

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